
2026年01月16日
「賃上げはしたいが、社会保険料の負担が心配」という感覚は、多くの中小企業で共有されています。
給与を上げると、社員の手取りだけでなく、会社が負担する法定福利費(社会保険料などの支払い)も連動して増えるためです。
近年は、保険料率の上昇や制度変更が重なり、「気づいたら固定費が増えていた」という形で効いてきます。
この記事では、社会保険料の事業主負担がどの程度増えてきたのかを、データをもとに紹介します。
こうした社会保険料負担の増加が、賃上げや雇用、投資にどう影響したのかも解説します。保険料の引き上げを、中小・スタートアップ企業の経営判断にどう織り込めばよいか考えてみましょう。

企業の法定福利費(会社負担の社会保険料など)は、現金給与総額に対する割合で見ると、2001年以降おおむね増え続けています。駒村・丸山(2025)が取りまとめたデータを見ると、2001年には給与総額の11%程度だった法定福利費が、2020年にはおよそ15%まで上昇しました。

常用労働者1人あたりの法定福利費の平均額は、2020年時点で月50,283円です。内訳を見ると、
が比率の大きな項目となっています。
社会保険料の増え方は、景気の伸びよりも速いと指摘する議論もあります。
大和総研の谷口(2025)によると、国民所得の伸び率が年率1.6%ほどだったのに対し、社会保険料は年率2.1%で伸びてきました。 経済がゆっくり成長しても、保険料負担がそれ以上の速度で膨らんできたことを意味します。企業の保険料負担も自然と重くなります。
政府が掲げる「賃上げの促進」は、社会保険料の負担感を小さくできるかという意味でも重要です。 一方で、賃上げを進めるためには、企業が給与を上げやすい環境をつくっていく必要もあります。
2000年代以降の社会保険料は「労使折半」といえども、負担の増え方は同じではありません。
駒村・丸山(2025)の調査によると、2000年代以降、事業主による拠出額はしばらく横ばいが続いていました。2010年代に入ると、事業主負担が再び増加へ転じています。 企業サイドの「保険料負担が増えてきたな…」という感覚と整合的です。
一方で、企業の保険料支払い額は、被保険者(労働者)による支払い額ほどは伸びていないようです。結果として、事業主の拠出割合は低下が続いており、直近では50%を割り込んでいます。
近年の保険料の上昇を受けて、中小企業の従業員などが加入している協会けんぽでは、2026年度の健康保険料(全国平均)を10.0%から9.9%に引き下げると発表しました。国も企業の健康保険組合の保険料を引き下げるよう補助を出す見込みと報じられています。
※上で紹介した保険料率は全国平均の水準です。協会けんぽの保険料率は都道府県ごとに異なります。お住まいの地域の保険料率は、公式サイトからご確認ください。
一方で、介護保険料の値上げや「子ども・子育て支援金」制度の開始によって、実質的な社会保険料負担は、2026年度も増える可能性が大きいです。
社会保険料の負担増は中小企業の利益を削り、資金繰りを厳しくさせる要因の一つです。
その結果、
といった守りの判断が合理的に見えてしまいます。
社会保険料の負担増は、賃上げや待遇改善に対するブレーキになりやすいです。
賃上げをすれば、給与だけでなく法定福利費も連動して増え、総人件費がより大きく膨らむからです。経営者としては、同じだけ賃上げしても「実際のキャッシュアウトはもっと大きい」と感じやすくなります。
保険料の負担が増えると、総人件費を抑えるために賃上げを抑制したり、賞与や手当の見直しを検討したりする動きが出やすくなります。とくに中小企業では、価格転嫁が追いつかない傾向にあり、賃金を上げたくても原資をつくり出すのが難しい場合も多いです。
社会保険料の負担が大きくなると、企業の新規雇用や設備投資にもじわじわと影響を及ぼします。
保険料負担などの法定福利費は、従業員を雇うほど増えるためです。採用や雇用を維持する意思決定に、上乗せされるコストとして乗ってきます。
企業の負担が重くなれば
といった調整を検討せざるを得ません。
また、こうした固定費が増えるほど、設備やIT、生成AIなどに対する投資の意思決定も先送りされがちです。こうした投資の先送りは、短期的には資金を守れる一方で、中長期で見ると生産性を向上させる機会を失い、賃上げ原資をさらに細らせる悪循環につながります。
社会保険料の負担が大きくなるのに対して、企業がとる対応策の一つは商品・サービスの値上げです。しかし、中小企業ほど価格を上げるのは難しいのが現実です。
値上げに踏み切るには、取引先の承諾を得ることが必要です。価格を上げられるかは、企業の市場競争力や交渉力に強く左右されます。
帝国データバンクによる調査でも、中小企業ほどコスト上昇の価格転嫁が難しいと紹介されています。「保険料負担は増えるのに価格は据え置き」という状態になりやすく、結果として利益が圧迫されやすいです。
こうした場面では、法定外の福利厚生を削るなどして、できる限りコストカットを進める場合が多いです。それでも資金繰りが厳しいようであれば、先述したとおり、雇用や設備投資へ向ける資金を減らさざるをえません。
▶︎関連記事:帝国データバンクの調査をもとに、中小企業の価格転嫁が難しい現状を以下の記事で詳しく解説しています!
「インフレで増える生産コストを値上げでカバーできるか?データから読み解く価格転嫁の現状と課題」
社会保険料が上がりやすい大きな要因は、少子高齢化に伴う医療・介護などの給付増に対して、現役世代の負担で支える構造が続いている点です。
また、近年の動きとして
といった動きが、保険料引き上げを後押ししています。
社会保険料が増える傾向にあるもっとも大きな理由は、少子高齢化に伴う社会保障給付の拡大です。
社会保障に関する給付は、年金・医療・介護などで実際に支払われた金額です。日本の制度では、社会保障給付が増えるほど、財源としての保険料にも上昇圧力がかかります。
実際、2000年度には78.4兆円だった社会保障給付費が、2024年度には137.8兆円(予算ベース)へと大きく増えています。 給付が伸びざるを得ないのは
などが主な原因です。さらに現役世代の人口は減っており、労働者と企業がより大きな保険料を負担する必要も生じています。
2026年4月から「子ども・子育て支援金」が導入される予定です。既存の社会保険料に上乗せされる形で、企業負担が増える見込みです。 支援金制度は、子育て支援策の財源を、社会保険料の仕組みを通じて集める設計となっており、事業者から見ると「保険料の上乗せ」のように見えます。
こども家庭庁の試算によると、2026年度から少しずつ支払う額が増えていき、満額となる2028年度では、事業主負担がおよそ4,000億円生じる見込みです。
賃上げをしようとすると、従来の厚生年金や健康保険に加えて、支援金制度によっても総人件費が押し上げられる影響があります。とくにスタートアップや中小企業は大きな影響が出るおそれもあるため、どの程度の負担増が生じるかを見積もっておきましょう。
2024年10月から従業員数51人以上の事業所では、一定要件を満たすパートやアルバイトにも、厚生年金および健康保険の適用が義務化されました。
要件を満たす中小企業では、パートやアルバイトを増やしたとしても、社会保険料の負担が新たに発生し、総人件費が想定以上に増える場合があります。
フルタイムでない従業員を雇う場合でも、社会保険に加入するかの判定や、労働時間の管理、制度の説明など、さまざまな対応が求められます。実務的なコストも含めて、見積りをしておく準備が必要です。
企業における社会保険料の支払いは、制度上「労使折半」となっています。 事業主が半分、従業員が半分ずつを負担し合うという仕組みです。
しかし経済学的に見ると、最終的に誰が保険料を実際に負担しているかは、実態をきちんと見てみないと分かりません。 自社における保険料負担がどのような実態になっているかを把握し、今後の賃金や福利厚生を考えるうえで重要なポイントとなります。

労使折半はあくまで、支払い方のルールです。社会保険料を誰が最終的に負担するかは、労使折半のルールだけでは決まりません。
経済学では、負担の帰着(転嫁)という考え方があります。負担の帰着とは「制度上の支払者とは別に、最終的に誰がどれだけ実質的な負担をこうむるか」という意味です。
例えば、企業の保険料支払いが増えてしまったとしましょう。それでも、保険料の支払いを商品の価格に上乗せできれば、顧客へと負担が帰着していると考えられるでしょう。事業主が支払う保険料の分だけ賃金の伸びを抑えていれば、保険料の負担は労働者に帰着していると言えます。
逆に、商品の値上げも賃金調整も難しい企業にとっては、社会保険料はまさに企業側で負担されています。特に中小企業は、価格転嫁が難しく、人材確保にも悩むケースが多いです。こうした場合は、保険料の負担を企業側が負うことになります。
経済学では負担の帰着に関する研究が進められていますが、帰着の影響の現れ方は複雑です。自社における資金の流れを確認しながら、社会保険料が実際にはどのような形で負担されているか、できる限りチェックしておくのが望ましいと言えます。
そもそも、なぜ年金や医療などの社会保険には、事業者負担という仕組みがあるのでしょうか? 駒村・丸山(2025)の議論をもとに、歴史的な背景を整理してみましょう。
事業者負担は、「企業も社会保険の受益者であり、リスクの担い手でもある」という考え方のもとで正当化されてきました。
労働者が病気やケガによって休業してしまうのは、企業にとっても、働き手を予期せず失うという経営上のリスクです。しかも、業務が原因で健康被害が起きる可能性もあります。これらの理由を踏まえると、企業も一定の保険料を負担するのが合理的だ、という議論がなされてきました。
また、社会保険を企業の福利厚生の一部として位置づけ、雇用を確保するための社会的コストを企業が分担する発想もあります。
上で述べたような議論を経て、労使折半で保険料を負担するのが原則となり、企業は賃金に加えて保険料を支払う仕組みが定着したのです。
日本における社会保険料を見ていると、事業主分の負担は重いと感じる声が多いです。一方で国際的に比較すると、とびぬけて高いとまでは言い切れない側面もあります。
例えばフランスやドイツは日本と似ており、社会保障の財源を保険料に厚く依存する設計です。フランス・ドイツでは、企業が負担する保険料の割合は日本以上に大きくなっています (全国法人会総連合、2019)。
ただし、先ほども「負担の帰着」という考え方を紹介したとおり、見た目の負担と実際の負担は一致していないかもしれません。海外の研究結果では、ヨーロッパにおいて社会保険料が上がると、そのうちの3分の2ほどを労働者が賃下げの形で負担していると紹介されています (Melguizo and González-Páramo、2013)。裏を返せば、事業者負担は多くとも3分の1程度と見積もられます。
研究結果はあくまで平均的な影響を見ているにすぎません。企業ごとに、雇用条件や競争環境は異なっており、社会保険料の負担のあり方も変わります。社会保険だけでなく、税制や補助金の制度も、国や産業によってまちまちです。
自社における事業者負担がどの程度生じているのかは、企業ごとに調査する必要があります。

社会保険料の上昇は、企業から見れば避けられない外部コストと割り切らざるを得ません。
重要な点は、負担が増えることを前提に必要な取り組みを進め、社員に対する説明や取引先への価格交渉を準備しておくことです。
保険料負担が増えることを見越したうえで、企業がとり得る対策として以下の3点を解説します。
まずは、給与だけでなく法定福利費も含めた総人件費で、保険料が増えることによる影響をきちんと試算します。
給与の額面が高くなると、会社負担の社会保険料も連動して増えます。試算がないと、想定よりキャッシュアウトが大きくなってしまいがちです。ベースアップの総額に対して、会社負担分の上乗せがどれだけ出るかを見積もっておけば、賃上げするかの判断をしやすくなります。
簡単な試算として、
(賃上げの対象人数)×(1人あたりの賃上げ額)×(おおまかな会社負担率)
を考えてみるとよいでしょう。 求めた金額が、賃上げに伴う保険料負担の増加をつかむ目安となります。月次や年次で、総人件費がどの程度増えるか、求めた数字を並べてみるのです。
そのうえで、賞与・残業代・各種手当の増減や、パートやアルバイトの勤務状況など、自社に特有の条件を反映して精度を上げていきます。
最後に、増えた総人件費の大きさを、営業利益やキャッシュフローに落とし込みます。安全な資金繰りを守るための賃上げ規模が見えてくるでしょう。
賃上げについて社員と話し合うためには、事業主負担分の社会保険料を、見える形で共有するのも有効と考えられます。
ほとんどの給与明細では、本人負担分の社会保険料しか目にすることができません。会社が同じ程度の保険料を負担している事実は実感しにくいです。
事業主負担を意識してもらうために、ねんきん定期便では2025年4月から、「厚生年金保険料は、被保険者と事業主が折半して負担することとされています」と表記されるようになりました。
保険料が労使折半されていることをよりはっきりと伝えたければ、「会社負担分を含めた総報酬(会社の支払総額)」を数値で示すのも一案です。一部の企業では、保険料の事業主負担を給与明細などで伝える取り組みを進めています。
会社は「なぜこの賃上げ幅なのか」を誠実に説明でき、社員も企業側のコストを踏まえた納得感を持ちやすくなります。
社会保険料の負担増を吸収するには、価格転嫁と生産性向上とを同時に進められるのが、企業にとっては望ましい対策です 。
価格転嫁を進めるには単なる値上げではなく、提供価値に対する対価を改めて設定すると、顧客に納得してもらいやすくなります。 例えば、
など、材料を先に用意するのです。
同時に、生産性を高める努力も重要です。作業プロセスの改善やSaaSの導入など、既存のリソースで粗利が上がる取り組みを実践します。
この2つがかみ合うと、賃上げと保険料の増加を織り込んでも利益が残り、持続可能な経営が成り立ちます。
社会保険料の会社負担は、給与に連動して増える固定費として、総人件費を思った以上に押し上げてしまう効果を持ちます。事業主が支払う保険料は売上や利益とは関係なく、制度の見直しによって増えていく傾向にあり、価格転嫁が難しい中小企業ほど負担が重くなりがちです。
企業の立場から考える打ち手として、
ことが、長い期間にわたり持続可能な経営につながります。
株式会社Yoiiは、RBF(レベニュー・ベースド・ファイナンシング)という新たな資金調達の方法を提供しています。
RBFは、将来の売上予測をもとに資金を調達できるサービスです。 株式発行や融資などといった伝統的な資金調達手段とは異なる、新しい選択肢を提供し、多くの企業から喜びの声をいただいています。
新たな取り組みにチャレンジする上で、事業戦略や資金調達など、経営者は日々悩ましい問題に囲まれています。今回紹介した社会保険料の負担増へ向けた対策も、そうした課題の一つです。しかし、このような問題に取り組むうえで必要な情報がなかなか見つかりません。 何を考えどう取り組んでよいかが分からず、苦しんでいる企業も多いと感じています。
株式会社Yoiiは、経営戦略や資金調達に関する情報を発信し、学び合える環境づくりに貢献していきます。 たくさんの人が新たなビジネスに挑戦し、成長できる社会を一緒につくりあげられれば、これほど嬉しいことはありません。
Melguizo, Á., González-Páramo, J.M. (2013)
“Who bears labour taxes and social contributions? A meta-analysis approach.” SERIEs 4, pp.247-271.
こども家庭庁(2025)
「子ども・子育て支援金制度の概要について」
駒村康平・丸山桂(2025)
「法定福利費の動向と課題--社会保険料の事業主負担の視点から」日本労働研究雑誌、No.780、pp.79-91.
政府広報オンライン
「社会保険の適用が拡大!従業員数51人以上の企業は要チェック」
全国法人会総連合(2019)
「社会保険制度と社会保険料事業主負担の国際比較に係る報告書」
谷口智明(2025)
「社会保険料の伸びはどこまで許容されるのか ~「国民所得の伸び率≧社会保険料の伸び率」がメルクマール?~」第一生命経済研究所ビジネス環境レポート
Yoiiでは、このRBFの考えを基にしたSaaSやD2Cなどのスタートアップ企業に成長を加速するための独自のアルゴリズムを用いた未来査定型資金調達プラットフォーム「Yoii Fuel」を運営しています。

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