
2025年11月28日
この記事は、「円安・円高は企業経営や財務にどれだけ影響するか?(前編)」の続きです。前編をご覧になってからお読みになると、より深く内容が理解できおすすめです。
この記事では、為替変動が財務に及ぼす影響を、シミュレーションを通じて考えてみます。予期しない出来事に対して、大企業よりも脆弱なスタートアップや中小企業だからこそ、円安・円高の影響や対策をあらかじめ検討しておくことが重要です。
「為替レートが変わると企業の原価や売上、利益がどのくらい動くか」は、実務上重要な情報です。ここでは、
の2つのケースを取りあげ、為替が動くことで利益がどれほど変化するのかを具体的なシミュレーションで示しましょう。

海外から商品を仕入れ、国内で製造・販売する企業を考えてみましょう。為替レートが変わると、原価の変化を通じて収益にも影響を与えます。
例えば、次のようなEC事業を考えてみます。
この場合、当初予定していた仕入れの総額は1億5,000万円です。
ところが、予想していなかった円安が進み、1ドル=155円になったとします。外貨建ての価格は100万ドルのままであっても、仕入れのために1億5,500万円が必要です。日本円で見れば、原価が500万円増えることになります。販売価格が据え置かれている限り、この500万円分だけ利益の減少につながります。
逆に円高が進んで1ドル=145円になれば、仕入原価は1億4,500万円まで下がり、利益は500万円増加します。
今回のケースでは1ドルあたり5円分、円安になるか円高になるかで、仕入額は1,000万円分(およそ6.7%)変わる計算です。 外貨建て価格での仕入れの多い企業ほど、利益のブレが大きくなります。
なお、このケースでは販売価格を固定して試算してきました。しかし、コスト増にあわせて価格に転嫁できる企業であれば、為替変動が利益へ与える影響を和らげることが可能です。
一方で、中小企業やスタートアップでは、販売価格へ反映するのは難しい場合が多いでしょう。この点については、後ほど詳しく解説します。

国内で商品・サービスを生産し、海外で販売する企業では、為替レートが売上や利益に大きな影響を与えます。
例えば、日本で製造した商品を、米国へ輸出している企業を考えます。この企業が以下のような状況にあるとしましょう。
この場合、契約を結ぶ際に予想できる売上は1億5,000万円となります。製造費用を考慮すれば、利益は1億5,000万円−9,000万円=6,000万円の黒字です。
ところが、予期せず円安が進み、1ドル=155円になったとしましょう。米国での売上が100万ドルのままだとしても、円に換算した売上は1億5,500万円に増えます。製造費用が変わらなければ、営業利益は6,500万円の黒字となり、為替差益は500万円です。
一方で、円高が進み1ドル=145円になると、売上は1億4,500万円に減り、5,500万円の利益となります。円高の場合は為替差損が500万円発生します。円安・円高という2つのシナリオの間で、為替変動だけを通じて利益額には1,000万円の差が生じる計算です。
製品を輸出する場合、販売価格が海外通貨建てとなるケースが多いです。そのため、円安局面では収益増、円高であれば収益減となります。
ただし、海外からの調達・仕入れが多いと、円安局面ではコストが上昇し、為替の恩恵が相殺される効果も生じます。この点を見落とすと、シミュレーションの精度を損なうため注意が必要です。
上で述べてきた簡単なシミュレーションによって、為替の変化が自社の収益にどれほど影響を与えるかが可視化され、事業計画や資金繰りの検討に役立ちます。
為替感応度とは、想定から為替レートが1円動いたときに、企業の年間利益がどれほど反応して動くかを示す指標です。
為替感応度は例えば、「1ドルあたり1円の円安になると、営業利益が年間で400億円増加する」といった形で表現します (馬塚・島谷、2022)。感応度は、輸出・輸入が占める比率が高い企業ほどより重要で、経営判断にも役立ちます。
為替感応度は、先ほど紹介したシミュレーションの手法を応用して求められます。
などをもとに計算し、為替レートの変動に対して為替差損(益)がどれだけ生じるかを比べます。ただし、企業によって前提条件や計算方法が異なる場合があります。決算資料やIRレポートに記載されている為替感応度を見る際は、定義を確認しておきましょう。
上場企業の決算資料でも、想定為替レートとともに為替感応度が開示されている場合が多いです。為替感応度を見れば、企業がどのような為替水準を前提にし、為替レートが想定を外れるとどれほど収益に影響する見込みかを把握できます。
為替が変動するリスクに備えるためには、金融取引による対策や、契約条件の工夫など、さまざまなアプローチが有効です。
この記事では、為替リスクに対処するための方法として、
を紹介します。
自社の規模や海外との取引状況に応じて、適切な手段を検討しましょう。
為替リスクに対処するためによく知られている方法は、金融取引によるヘッジ(リスク回避)です。基本的なアイデアは、将来の為替レートを固定化する契約を結び、利益や資金繰りのブレを抑えるという考え方です。
よく利用されるのは為替予約(フォワード取引)です。為替予約は、将来の決済日に使用する為替レートをあらかじめ決めておく契約です。
為替予約を結んでおけば、為替レートの変動による支払・受取額のブレを避けられます。例えば輸入の比率が高い企業であれば、「想定以上に円安が進み、支払いが膨らむ」といったリスクを抑え、資金計画を安定させるのに有効です。
もう一つの主な手法がオプション契約です。これは、将来のある時点で外貨を売買する「権利」を購入するものです 。
為替予約との違いは、実際に外貨を取引するかを後から選べる点です。 例えば、
といった取引が可能です。為替予約の場合は契約した為替レートで必ず決済をしなければならず、この点がオプション契約との大きな違いです。
金融取引によるヘッジはあくまで、為替の変動による影響を和らげる方法に過ぎません。 また中小企業では、取引量が小さいため、手数料の負担や契約の手間から利用しにくい商品もあります。
スタートアップや中小企業であれば、まずは為替予約をうまく活用できないか、銀行などの金融機関で相談してみるのがおすすめです。
為替変動のリスクに備えるためには、経営計画の段階で、あえて慎重な為替レートを設定するのも有効です。
企業の事業計画や予算の策定においては、想定為替レートを前提に売上や原価を見積もります。想定レートを実際の水準よりも厳しめに設定すれば、将来の利益を楽観的に見積もらず、為替変動による想定外の損失を防ぐことが可能です。
事業計画や予算案を作る際には、複数のシナリオを用意しておくのもおすすめです。例えば、海外からの輸入が活発な企業であれば、
といった具合に見積もり、前提ごとに利益やキャッシュフローの変化を比較します。いくつかのシナリオを検討しておけば、為替に対する利益の反応をつかむことも可能です。
ただし、想定レートの設定はあくまで、計画の精度を高めるための手法です。実際に発生する為替変動による損益を直接防ぐものではありません。 こうした見積もりを踏まえながら、金融取引や契約条件の見直しを進めることで、より強いリスク管理体制を構築できます。
企業の取引構造を工夫することで為替変動リスクを抑える方法もあります。その例として、よく用いられるのが「為替マリー」と「ネッティング」です。
為替マリーとは、輸出によって得られた外貨を使って輸入の支払いに充てることで、外貨建ての債権と債務を差し引きゼロとする手法です。
ネッティングは、複数のグループ会社や海外拠点間で、輸入と輸出の取引自体を相殺する手法です。
どちらの手法も、不要な外貨の両替を避けることで、為替リスクや手数料負担を減らせるメリットがあります。
ただし、これらの手法を活かすには、輸出と輸入がともに活発でバランスが取れている必要があります。輸入または輸出のいずれかに偏っているスタートアップや中小企業では、ヘッジできる効果が十分に得られない可能性が高いです。
為替変動のリスクを抑えるためには、契約条件や価格設定を見直すのも効果的な対策です。金融取引を活用しづらいスタートアップ・中小企業でも取り組みやすい方法と言えます。
分かりやすく効果的な方法が、契約における通貨単位を外貨建て(ドル建てなど)から円建てに変更することです。 輸入企業であれば「日本円で支払う」ことを取引先に依頼すれば、為替レートの変動によるリスクを回避できます。
取引量が十分あったり、長期的な取引関係がある場合には、交渉によって契約条件を変えられるかもしれません。
価格見直し条項(いわゆるエスカレーター条項)を導入する方法もあります。価格見直し条項は、為替レートがあらかじめ定めた範囲を超えて変動した場合に、価格を調整できるルールを契約に組み込む仕組みです。 為替の影響によって、企業が一方的に負担を抱えないようにする効果があります。
ただし、日本のスタートアップ・中小企業は、他社との競争によって価格転嫁が難しいケースも多いです。 複数の調達先を確保し中期的な仕組みを見直すなど、為替リスクがあることを前提とした、仕入れの体制を整えるのが重要となります。
過去に実施された複数の調査からも、日本企業が為替リスクに備えるため、さまざまな対策をとっている実態が明らかになっています(例:馬塚・島谷、2022;伊藤ら、2024)。調査結果をもとに、どのような手法で為替リスクに対応しているのかを整理しましょう。
金融取引を活用したヘッジは高い普及率を示しています。伊藤ら(2024)の調査によれば、製造業に属する上場企業のうち、取引が小規模な企業に限っても、6割以上が為替予約(フォワード取引)を利用しています。一方で多くの企業は、3か月程度の短期的なヘッジを採用しており、為替変動の影響が長引くとリスク回避が難しくなる状況です。
為替マリーやネッティングも重要なヘッジ手段ですが、取引が小規模な企業に限ると、8割近くはこれらのヘッジ手段を用いていません。 この点も、大企業と中小企業の違いです。
さらに、為替変動が見込まれる場合でも、およそ6割の小規模企業は、価格そのものや支払いに用いる通貨を変えないと回答しています。契約内容を維持する理由として、「競争環境が厳しく、価格転嫁が難しい」と小規模企業の半分が回答しました。 中小企業における「為替変動を価格に転嫁できない」状況を表していると考えられます。
為替レートが動くと、仕入れコストや売上の増減を通じて、企業の収支やキャッシュフローに大きな影響を与えます。一時的な円安・円高が発生しても、追加的に必要となる資金を調達できれば、事業活動を安定して続けられます。
将来の収益予想をもとに資金を調達できるRBF(レベニュー・ベースド・ファイナンシング)は、為替レートが変わる状況でも役に立つ資金調達方法の一つです。
為替リスクに対してRBFがどのように役立つのかを解説しましょう。中小企業やスタートアップにとって、RBFが効果を発揮する場面を紹介します。
改めて、為替リスクに対する資金調達の考え方を整理しておきましょう。
輸入が多い企業では、円安局面になると原価が一気に膨らみ、資金計画が崩れてしまう場合があります。円安によるコスト増が見込まれる状況では、資金不足をどのように補うかが重要な経営課題です。
一方で、輸出の比率が大きな企業では、円高になると日本円に換算した売上額が落ち込んでしまいます。当初見込んでいたほどの収入が入ってこなくなった場合、資金繰りに悪影響を及ぼすおそれもあります。
一般的な資金調達手段としては、例えば銀行融資があげられます。しかし、融資審査に時間がかかりタイムリーに対応できない、金利や担保の負担が重いなど、柔軟に利用できない場合も多いです。
RBF(レベニュー・ベースド・ファイナンシング)は、将来の売上予測にもとづいて資金調達ができる仕組みです。例えば、
といった理由で一時的に資金繰りが悪化する状況であれば、RBFによる調達を検討してみるのも手です。
RBFは審査の際に、企業の売上構造やビジネスモデルが重視されます。為替変動によって利益が一時的に圧縮されていても、将来の売上が安定して生じる見込みであれば、利用しやすい点がメリットです。
RBFは担保や保証人も不要であり、調達した資金の使いみちも制限はありません。自社の事業で必要となる用途に資金を活用できます。
売上が十分に見込めるにもかかわらず、為替レートの影響を受けて、短期的に輸入額が増える可能性がある業種は、RBFを資金調達の方法として組み込んでおくのがおすすめです。輸入に依存しているEC事業や製造業などが、例としてあげられます。為替の影響を最小限に抑えられる資金繰りの体制を構築しましょう。
為替レートの変動は損益やキャッシュフローに影響する、経営において重要な情報です。外貨建ての仕入れや売上がある企業では、わずか数円でも為替レートが変わると、収支が悪化し資金繰りに困る場合もあります。
この記事では、為替変動が財務にどのように影響するかを整理し、輸入・輸出の際に収支がどれほど動くのかを具体的に求めました。こうした試算を通じて算出できる「為替感応度」は、実務でもよく使われる指標です。
為替リスクに対処するために、為替予約によるヘッジだけでなく、価格設定や契約条件を工夫するなど、スタートアップがとっている対策は複数あります。 一方で、中小企業は価格転嫁が難しい場合も多く、為替が変動しても値上げによって収益を確保しづらいかもしれません。
為替レートが動いて一時的な資金繰りに困る場合、RBF(レベニュー・ベースド・ファイナンシング)による資金調達は、中小企業にとって有効な選択肢の一つです。
円安・円高自体はマクロ経済で起こる現象であり、避けることはできません。だからこそ、為替リスクの影響を「見える化」し、ヘッジや資金調達の手立てを準備しておくのが重要です。
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新たな取り組みにチャレンジするうえで、事業戦略や資金調達など、経営者は日々悩ましい問題に囲まれています。今回紹介した為替変動やその対策も、そうした課題の一つです。しかし、このような問題に取り組むために必要な情報がなかなか見つかりません。 何を考えどう取り組んでよいかが分からず、苦しんでいる企業も多いと感じています。
株式会社Yoiiは、経営戦略や資金調達に関する情報を発信し、学び合える環境づくりに貢献します。 たくさんの人が新たなビジネスに挑戦し、成長できる社会を一緒につくりあげられれば、これほど嬉しいことはありません。
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